『なろうど歳時記』
コラム(一柳富美子)
1 冬
高度に様式化され洗練された芸術音楽と歳時記は相性があまり良くない。幸いなことに、西欧に比べて近代化が遅れたロシアでは都会のすぐ傍にも豊かな自然が残され、都市近郊の田園を好んで居住地としたチャイコフスキーがピアノで歳時記を残した。それがピアノ小品集《四季》である。一般向け楽譜月刊誌『ヌヴェリスト』に毎月一曲ずつ掲載され、連載自体は1876年1月号から開始されたが、月日が巡るようにこの小品集にも明確な始まりと終わりが無いので、ここでも本書『歳時記』に合わせて12月から紹介しよう。各月には出版人ベルナルドが用意した標題が付いており、チャイコフスキーはそれに従って作曲した。さらに曲の完成後、ベルナルドが選んだ詩がエピグラフとして各曲冒頭に添えられている。標題・音楽・エピグラフ共に極めて秀逸なので、《四季》を鑑賞するだけで、私たち日本人にもロシアの12ヶ月を十分に堪能できるだろう。
12月:クリスマス週間
ある年の洗礼祭の夕べ
娘達が恋占いをしていた
片方の靴を脱ぎ捨てて
門の外に放り出して
V.ジュコーフスキイ
音楽はワルツ、純潔の調とも言われる変イ長調で書かれ、明るく清らかで、自然界の一年を無事に終わらせて来たる新年も平和であるように祈っているチャイコフスキーの微笑む姿が見え隠れする。ここではジュコーフスキイのエピグラフに描かれているような農村の娘たちのクリスマス祭ではなくて、貴族の田舎の大屋敷での楽しそうなホームパーティを彷彿させる。
2 春
チャイコフスキーの《四季》はピアノによるロシアの歳時記で、描かれる対象は自然・農村・貴族と三分できる。春の3曲は特に自然描写が優れている。
3月:雲雀(ヒバリ)の歌
野には花々がさざめき
空には光がきらめく
春ひばりたちの歌声は
果てしない空に満ち溢る
A.マーイコフ
春を表現した最初の小品で、全12曲中演奏時間が最も短いのも偶然ではない。ロシアの3月は冬から春へという季節の変わり目で、矢の如く駆け抜けるように感じられる月なのである。マーイコフのエピグラフでは既に花が咲き始めている様子だが、実際には野原は雪に覆われ、長い休眠から遠慮がちに少しずつ自然が目覚める。そしてこの目覚めが、まだ哀愁の気分から解放されない人間たちの心に茫洋とした希望を呼び起こす。チャイコフスキーの音楽は、この哀愁と希望とが綯い交ぜになった早春の自然を、どんよりとくすんだ低い空を舞う雲雀の姿に擬えているのである。控え目な音量でゆったりと動く左手からは人々の淀んだ気分が、軽やかに飛翔する右手の高音の音型からは希望を呼ぶ雲雀の囀り
3 夏
自然を描いた3月4月5月に対して、チャイコフスキーのピアノ小品集《四季》の夏の3つの月は自然の中に生きる人間の描写が中心となっている。畑の穀物も森の樹木も力強く成長するロシアの夏。ロシア語文法でも「歳」を数える時に一年の代表となる夏。人々はこの季節に恋をして家族を作り、畑は1年分の蓄えを恵んでくれる。
6月:舟歌
岸に立てば 寄せる波
僕たちの足に接吻するだろう
星は神秘的な哀愁とともに
僕たちの上に光を放つだろう
A.プレッシェーエフ
曲集中最も有名な作品の一つで、世界中で愛されている。西洋音楽に伝統的な舟歌というジャンルを借りて、チャイコフスキーは「北のヴェネチア」と呼ばれる河川の多いペテルブルグの、若者たちの夜の恋を歌っている。揺れる水面の動きを表した前奏に乗って、チャイコフスキーお得意の音階旋律(ドレミファソラシドの並びがそのまま旋律になる技巧)が流麗な歌を紡ぎ出す。長調に転じる中間部では動きが増し、旋律もデュエットになって、明らかに恋人たちの喜びが表現されるが、連続アルペジョによる喜びの頂点で音楽は途切れ、悲劇的な残響が支配する。彼の後期交響曲作品のように、喜びの絶頂で情け容赦ない運命が侵入してきたのかもしれない。再現部では静寂の中をデュエットが絡み合い、天空の星の光と水面の反射だけが二人の永遠の平穏を見つめているかのように静かに終わる。
4 秋
ロシアの秋は短い。だからこそロシアの人々は「黄金の秋」と愛でる。小品集《四季》の中でも、紅葉が美しい日本の秋のような清々しい気候は9 月だけ。10月は既に落葉し、初雪を迎えて雪原の11月となる。
9月:狩り
時間だ 時間だ! 角笛が響く
狩支度の男たちは
すでに夜明けには馬に跨がり
繋がれた猟犬たちが飛び跳ねる
A.プーシキン
収穫を無事に終えた後は、しばしの娯楽の時がやって来る。無論それは貴族たちの話で、農民にはまだまだ農作業が残っている。でも、ここらで一息入れようじゃないか!我々貴族の最大の娯楽は狩りだ。角笛を吹き鳴らせ、馬を用意しろ!出発だ!――まさにプーシキンのエピグラフ通り、着飾った男たちのそんな声が聞こえてきそうな一曲である。唐突に入る間奏的な中間部で描かれているのは、クンクン嗅ぎ回る猟犬か、逃げる哀れな獲物たちか。いずれにしても、一見単純な構造の中に様々な物語が隠れている一曲である。
(使用楽譜は全て1885年ベルナルド初版の装丁を模した1989年ムズィカ版)
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