
「成熟した表現と驚くべき名技」
ジェイデン・アイジク=ズルコのウィグモア・ホール・デビュー
2025年12月15日に開催されたロンドンのウィグモア・ホールでのリサイタルのレビューがBachtrackに掲載されました。
満五つ星★★★★★
なんと素晴らしい演奏!——カナダ人ピアニスト、ジェイデン・アイジク=ズルコが、昨夜ウィグモア・ホールにデビューした。26歳という若さながら、チャレンジングかつ魅力的なプログラムを引っさげ、目覚ましい成熟ぶりを示したアイジク=ズルコは、2024年のリーズ国際ピアノ・コンクールの覇者である。彼の超絶技巧は非の打ち所がなく、じっさい、その演奏には度肝を抜かれたが、ひときわ印象に残ったのは、彼の細やかな感性と深い感情表現だった——このような資質は、皮肉にも、とりわけロマン派最盛期の作品を弾く若いヴィルトゥオーゾに欠けていることが多い。
幕開けのバッハのパルティータ第4番ニ長調は、出だしから強烈な集中力と気迫を感じさせた。序曲は幾らか重い響きで始まったが、幸いにもすぐさまデリケートなタッチに移行。華麗な装飾音とトリルが淀みなく軽やかに奏でられると、第2部のフーガ風の旋律が滑走し動きまわる。アイジク=ズルコのタッチは、優雅な〈アルマンド〉と穏やかに舞う〈クーラント〉で、いよいよ軽やかさを増した。彼は〈アリア〉のリピートでは、さりげなくリズムを変化させることを恐れない。〈サラバンド〉の問いかけるような間(ま)は時が止まったかのようだった。〈メヌエット〉は跳ねまわり、フーガの各声部の挑むような出だしが、〈ジーグ〉に輝かしいエネルギーをもたらしていた。この目を見張るほど成熟したバッハ演奏は、華麗な技巧の誇示にとどまることなく、アイジク=ズルコの実力を十二分に伝えた。
そこから彼は、ひとっ飛びでロマン派のレパートリー、フランクの《前奏曲、コラールとフーガ》へと向かう。(略)アイジク=ズルコによる〈前奏曲〉の冒頭は流麗でほの暗く、憧憬に満ちた旋律線が自然な音の奔流に包まれていた。〈コラール〉の充実した暗い和音群は重厚なクライマックスへと向かっていくが、その間、巧みな両手の交差によって、低音域の陰鬱な和音群の上に、どこまでも滑らかな旋律線が浮かび上がった。締めくくりの〈フーガ〉は徐々にオーケストラのような壮麗な響きへと発展し、しばし〈前奏曲〉と〈コラール〉を振り返った後、最後に荒々しい音の急流とともに鐘の音を鳴り響かせた。
プログラムは、さらに14年の時を飛び越えてスクリャービンの《幻想曲 作品28》(1900)へ。この曲はまだ、彼の後の作品を特徴づける半音階主義や無調性の域には達していないが、極端な要素に満ちている。アイジク=ズルコは、柔らかなペダリングによる冒頭部分が過ぎ去ると、この曲の陰鬱としたうねりと厚い響きのテクスチュアを存分に表現し、徐々に激しさを増しながら音の炸裂を重ねていく。ひるがえって中間部では、すべての勢いを抑え、夢見るようなペダリングで優美な旋律を浮かび上がらせた。やがてスクリャービンの激烈な勢いが戻ってくると、アイジク=ズルコは、この曲にふさわしい壮大なクライマックスを築き上げた。彼はここでも、また別の箇所でも、力強さだけでなく繊細さと洗練もそなえた奏者であることを知らしめ、この表情豊かで時に暗く内省的な作品に対する深い理解を示した。
当夜のロマン派の音世界は、ラフマニノフの《前奏曲集 作品23》とともに大団円を迎えた。左手の優しく問いかける伴奏に乗って右手が歌う第1曲から、脈打つような右手パートに支えられた左手がショパン風の叙情的な旋律を紡ぐ終曲まで、アイジク=ズルコは、ラフマニノフの声楽的な旋律を絶えず際立たせていた。そのあいだには、第2曲の荒々しい音の雪崩(なだれ)からテナー声部の旋律が輝かしく立ち現れ、(略)民謡風の第5曲が澄み切った中間部を聞かせ、切迫したスケルツォ風の第9曲では、アイジク=ズルコの指が信じられないほど速く動いた。曲集全体を通して見事な解釈を示した彼は、ラフマニノフの千変万化するムードを的確に捉えつつ、この上なく表情豊かで広がりのある音色を聞かせた。
最初のアンコール曲であるメトネルの《おとぎ話 作品51の6》は、遊び心と、さながらサーカスの綱渡りのような妙技に満ちていた。2曲目のアンコールで、同じくカナダ出身のオスカー・ピーターソンの《Place St. Henri》を披露したアイジク=ズルコは、その肩の力を抜いた演奏を通して、当夜の重厚なレパートリーでは封印されていた、より伸び伸びとした楽しげな一面を見せた。アイジク=ズルコは、まぎれもなく刮目すべき才能の持ち主である。今後のさらなる飛躍に期待が高まる。
By Nick Boston
