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アレクサンダー・ガジェヴ ペルージャ公演レポート
by イタリア在住 S.O 様

4月13日に聖ピエトロ大聖堂(イタリア・ウンブリア州ペルージャ)で行なわれたアレクサンダー・ガジェヴのソロ・リサイタルへ行った。ザワザワとした中、開演予定時間を10分ほど過ぎて、チャイムもアナウンスも無く、突如右手側通路からこの日の主役ガジェヴがスゥーッと登場した。慌てて始めた拍手と共に一部の観客の囁き声、教会での公演特有の木製ベンチの軋む音、、、。
ここは通常オペラなどが行なわれる劇場やオーディトリウム、いわゆるコンサートホールと違い、客電が落ちないので、ガジェヴがピアノの前に座ってもなお聞こえてくるわずかな雑音に暫し集中が必要な様子で、俯き、目を閉じて静まる時を待っているように見えた。


意を決したのか、ざわめきを切り裂くようにフランクの「前奏曲、フーガと変奏曲」を弾きはじめる。1音目だけ打鍵が若干強かったので(明らかにメゾ・フォルテ~フォルテ)、一瞬ドキッ!としてしまったけど、それはもちろん私だけでなく、その場に居たすべての聴衆を彼の世界へ一気に引きずり込む第一声でもあった。
驚いたのは、大聖堂の残響も計算済み、音が全く濁らないどころかガジェヴはそれを味方にさえつけて、身体中が音に包まれる異空間にしてしまう。


1曲目が終わり、一瞬置いて盛大な拍手。着席しても拍手が一向に止まないので、再度立ち上がりお辞儀。(これを全編にわたり、何度も何度も繰り返していた)そして彼は再度着席しかけ、「あ!」と思い出したように「みなさんにご案内があります。ノクターンは2曲の予定でしたが、1曲追加して3曲弾きます。」(追加されたのはOp.48-1=第13番)まさかガジェヴの弾く第13番が聴けるとは!弾き始める前からもうドキドキしてしまった。今期は名刺代わりに、TV出演時に何度か弾いていたノクターン第4番=Op.15-1、続いて第5番Op.15-2、そしてサプライズ!の第13番は1音1音が切なく、尊く、そこからのスケルツォ第3番。
どちらも以前、同じくショパン・コンクール入賞者アルメッリーニ嬢を聴いて、厚く温かいベルベットのような、と感じたけれども、ガジェヴによるノクターン第13番は絹糸が紡がれていくような、滑らかでいて芯のある音。そして特筆すべきはスケルツォ第3番。慟哭というか激情というか、全感情を曝け出したかのよう。あたかも月明かりの差す薄暗い部屋で、怒りや悲しみのあまり鏡を割って暴れ狂い、ふと我に返って想いに耽り涙する、といった映像が胸に浮かんできた。

えっ、彼の心境に何か変化があったのかしら?というほど赤裸々なのに(!)音が崩れることも、意図せず濁ることもなく、ガジェヴ独特のゆらぎも残響も、全てが制御されていた。1曲増えたのに、なんだかアッという間に前半が終わってしまい、まるで終演時のような大喝采!ガジェヴが通路と祭壇前を何度往復していたか、わからないほど(笑)。そして休憩時間。途中、ピアノの微調整等は無し。


15~20分ほど経ったろうか、アナウンスも無くザワザワする中、ガジェヴが再登場した。
気づいた一部の観客が拍手をし始めたので、「えっ、どこ?」と右側通路に目をやるも、すでに主役はピアノの前!まだお喋りに花を咲かせていた人々も慌てて銘々の席に戻る。イタリアらしいでしょう(笑)

後半は何と大聖堂でスクリャービンの「黒ミサ」ソナタが奏でられるという、まるでブラックジョークのような!摩訶不思議、彼の言う「悪魔的」な不協和音の羅列を空間に解き放ち、私たちを完全に「催眠状態」、いや、ある種の「トランス状態」へ誘ったところで、ガツーンと始まるエロイカ変奏曲。

日本公演前なので、あえて詳細は控えたいところだが、少しだけネタバレを。
正直なところ、他の演奏家の音源で予習しつつ、退屈しないといいなぁと思ってしまった曲が(なぜなら繰り返しがとても多い曲だから)アッという間に終わってしまったほど色彩豊かに、また威厳があったり、時にはコミカルに。とにかく絶好調!特に第4変奏は凄すぎて速報ツイートしてしまったほどだ(笑)
超爆速の左手が圧巻!その後は何番目の変奏なのか、追うことすらできないほど没頭してしまった。

この曲は弾き手によって全く変わると感じたので、今度は是非とも違うピアニストで聴き比べがしたいと思っていたら、奇しくも同じノヴェレッテさん所属の田所マルセルさんも日本公演で弾かれるそうで!両方聴ける方々が羨ましいです。


前半同様、グッと一瞬余韻を感じた後、万雷の拍手。右側通路まで一応戻っての「カーテンコール」。
WOWOOOO!!! ヒューヒュー! ブラーヴォ!!! 若い声援が後方から飛ぶなぁと思ったら、ペルージャ中のピアノ学生がたくさん聴きに来ていたとか。声援に応え、ガジェヴ再度着席。しばらく手を揉みながら考えた?、、、、後、「マズルカ弾きます。」と、ショパンのOp.6-1をしんみり。でもこれで終わらないよねぇ、などと思っていたら、あまり間髪入れず、以後曲紹介も無く、いきなり♪ダーダン。ダダダン!こっ、これは「展覧会の絵」(バーバ・ヤーガ~キーウの大門)!!! 狂喜のあまり、軽い悲鳴のようなものが出てしまい、必死で呑み込んだ。まるでフルコースのメインディッシュをもう一品出されてしまったような、、、再び大聖堂の音響を最大限に活かし、フルボリュームなのに荒くない壮大なエンディングで、思わずスタンディング・オベーションせずには居られず。(ガジェヴはとても満足げな笑みを浮かべていた)拍手喝采鳴り止まず。


アンコール3曲目はJ.S.バッハ=ジロティ編の前奏曲。
この曲もフランクの「前奏曲、フーガと変奏曲」同様、最近いろんな方が弾いているけれど、ガジェヴ節はまた別の風格。そして大聖堂ということもあってより厳か。もうこれが最後のアンコール曲だと思っていたので、こんな静かなリサイタルの終わり方も良いな、と思っていると拍手喝采鳴り止まず、で今度はショパンのマズルカ41番。ガジェヴの弾くマズルカは哀愁が漂いつつ、よくありがちな演歌っぽくもなく独特の揺らぎが心地良かった。本音は永遠に聴いていたかったから嬉しかったけれど、一向に鳴り止まない賞賛の嵐。
続くまさかのアンコール5曲目は、ショパンのエチュードOp.25-12「大洋」!

ガジェヴはテクニックをひけらかすのではなく(「展覧会の絵」もそう感じたけれど)、大聖堂のあの空間で弾いてみたかったのではないかと。(それは大当たりで、終演後の主催者向けインタビューでもそう語っていた!)
彼はあれだけの大曲の後でまだ弾けるのか!!!と、後方からは感嘆の声が聞こえ、思わず振り返ると、みんな立ったまま聴いていた。ヒューヒュー、ブラーヴォ!大盛り上がり。日本公演や別プログラムのリサイタルを聴けなかった私には充分すぎる、メイン2品のフルコースにデザートを直サーヴされたような(笑) 大盤振る舞いの絶好調リサイタルだった。前回聴いたマルケ州イェージ公演でも即興演奏を含むアンコール4曲だったので幸運だった。

ガジェヴを初めて聴く方も多かったようで、プログラムにサインを求める長蛇の列。控え室に戻らず(戻れず)一人一人丁寧に対応していたのが印象的だった。
ちなみに私は金色マーカーとCDを(どれにしようか迷った挙句『Literary Fantasies』)持参していたので「うはっ、トーキョーみたいだね(笑)」とウケた。「日本のみなさん、来日公演を楽しみに待っているよ!八ヶ岳のイベントとか、きっと素敵だね!」と言ったら、「ヤツガタケー!!!楽しみだね!」と。長くなるといけないので早々に切り上げ、退散した。瞳のとても綺麗な青年!


ペルージャ楽友協会公式によるとリサイタルに使用されたピアノは、1882年製(シリアルナンバー上は87~88年製?)の協会所有、修復されたハンブルク製スタインウェイ。ピアノについて、ガジェヴの終演後コメントを和訳すると。「優しく温かい響き、多彩で音量も豊か。聴衆と共に、僕の音楽旅行の素晴らしい仲間だった。アンコールで弾いたキーウの大門(「展覧会の絵」より)で、この曲の全体の偉大さを感じ取ることができたんだ。たぶん僕らが耽溺していた、この精神世界的な(大聖堂の)雰囲気のおかげでもあるね。(同じくアンコールで弾いた)ジロティ編バッハの前奏曲では、このピアノは僕が稀に聴くことのできる繊細な音を鳴らしてくれた。言い換えると、人間の魂を無数の観点、より内面から荘厳さまでを探求し、映し出せるピアノだ。」やっぱり!ピアノとの相性も良かったようで、納得のアンコール5曲だった。いつまでも弾いていたかったのかもしれない。永遠に聴いていたかった、、、。

そして今秋10月8日、来る2024/25年シーズンの開幕公演として、ガジェヴのペルージャ再招聘が決定したと発表された。大盛会だった証です!!!

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Photo by  S.O様

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