ジョナタン・フルネル インタビュー (2023年9月)
三光 洋
ジョナタン・フルネルは父が弾くオルガンを聞いて育ち、10歳でコンサートを開いてからすでに20年が経過している。30歳という年齢からはかけ離れた成熟した演奏は欧州の観客をひきつけている。フランスの有力日刊紙「ラ・クロワ」のエマニュエル・ジュリアーニ記者は「指先の美」と題した長文の記事でフルネルの才能を語っている。
「フルネルは花弁から滴り落ちる雫の一滴、一滴に優しく目配りするかのように、曲の細部に最大限の注意を払い、そこから堅固な構築性と色彩感を兼備した演奏が生まれています。聞いていて弾き手の息遣いが伝わり、音が物語を織りなしていきます。繊細さと堅固さのある演奏からロマンチックな情感がほとばしり、波しぶきの香りが漂ってくるかのようです。こういう才能は録音ではなく、観客を前にした生の演奏でこそ輝きを放ちます。」フルネルはシフラ、ケンプ、ハスキルといった往年の名ピアニストを聴き続けてきたが、中でも熱愛するのはディヌ・リパッティだ。
「リパッティは純粋そのもので、苦悩と病苦に苛まれながら、シンプルな表現で絶対の美を探求していきました。リパッティが弾くショパンのワルツを聞いてください。そこには全てが語られて、比類のない詩情が立ち上っています。」
リパッティを理想とするフルネルだが、夏の終わりに筆者(S)のインタビューに現れた青年は健康そのものだった。気さくな人柄で、どんな質問にも快く答えてくれた。
S :10年、20年後の将来、どんなピアニストになりたいですか。
JF : 10年間で今まであまり弾いてこなかったモーツアルトに取り組んでみたいです。現代のピアニストにはモーツアルトをきちんとレパートリーにしようという人が少ないだけに、やってみたいです。同時に今までに弾いていない作曲家を見つけることを続けていきます。過去の忘れられた作曲家の中にも優れた人がいる可能性があります。忘れられたままなのが残念な曲があるので、何とか演奏まで漕ぎ着けたいです。
S:具体的な作曲家、曲を挙げていただけますか。
JF:まずブゾーニが挙げられます。それにポーランドではよく演奏されていますが、フランスではそれほどの人気がないシマノフスキも私は弾いています。「ピアノとオーケストラのための交響曲第4番」は夢心地になれる傑作です。リストの3番、4番。ラフマニノフの5番。これは交響曲第2番を協奏曲に書き直したものですが。こうした作品を見つけて弾くと喜びが生まれます。
室内楽ではメトネルの五重奏曲があります。バルトーク、ショーソンの四重奏曲、ピアノとヴァイオリン、ピアノとチェロの組み合わせでの二重奏曲にも傑作があります。ブリテンには本当にいい曲があります。やりたいことが多すぎで困っています。一時、「もうピアノを辞めたい」と思った時に室内楽をやってピアノを続けることができました。室内楽はピアニストがいつも一人という状態を変えてくれるのです。リサイタルでは一人ですし、協奏曲を弾くときはオ
ーケストラ団員たちと一緒でも一人離れている気分になります。他の音楽家と一緒に演奏できる室内楽はピアニストにとってかけがえのないものです。
S :彼女がチェリストですしね。
JF:ははは(笑)。二人での演奏会も開いています。9月末に友人と三人で大好きなブラームスのピアノ三重奏曲第1番を弾きます。
S:日本ツアーは初めてですか。
JF: 初めてではありません。2019年に大阪でオーギュスタン・デュメイ指揮の関西フィルとショパンの協奏曲第2番を演奏しました。このとき初めて日本に行って大好きになりました。日本には地方都市でも音響の良い音楽ホールがあるようですね。三つのホールで弾くのが楽しみです。観客が優しいのに大阪で驚きました。音楽エージェントのアシスタントの女性が「何か欲しいものはありませんか」と聞いてくれたので、「肉まんが欲しい」と言いました。リサイタルの直前に食べたかったのです。いつもピアノを弾く前に肉まんが食べられるわけではありませんからね。(笑)毎日でも食べたいんですけれど。
S:フルネルさんの趣味は?
JF:今は18世紀のフランス海軍の帆船「ブルターニュ」の模型を木で作っています。1メートル18もあるんですよ。砲門が百近く搭載されていますが、今、船体を作っているところです。父はオルガンに情熱を傾けていましたが、第2の趣味は木工細工と家具作りでした。祖父と叔父も組立工ですから、手仕事の家系です。全員が手を使い、木を扱う仕事に就いています。音楽とは別世界なので、最高の気分転換になります。